日本の伊万里焼も影響を与えた、オランダのデルフト焼きとは?

デルフト陶器(デルフト焼き・デルフトブルー)は、オランダのデルフトの街で、16世紀から生産されている世界的に有名な陶器です。白地をベースに印象的な青の色使いは、東洋的にも感じられるかもしれません。実際に、デルフトの職人たちは、中国の磁器や日本の伊万里焼に影響され、その陶器は日本人にもしっくりくる風合いを持っています。

1640年頃から1740年頃まで、裕福な人々の間でとても人気がありましたが、残念ながら、多くの窯元が閉鎖してしまいました。

現在、専門の絵付師によるハンドペイントを行っているのは、デルフトでは1653年創業の王立ポースレン・フレス(De Koninklijke Porceleyne Fles)を残すだけです。

ここで製作されるデルフト陶器はロイヤル・デルフトと呼ばれ、底には王室から受けた称号が刻まれます。デルフト陶器は、食器、花瓶を初め、置物、タイル、アクセサリーとさまざまなアイテムがあります。

デルフト焼きの歴史

16世紀頃には、オランダ各所に陶器の窯元がありました。

デルフトでは、白色の釉薬を下地にして、スズ釉薬を用いて彩色、絵付けして陶器を製作していました。のちに白色のスズ釉薬で全面に釉掛けされるようになり、このことが、焼成された陶器表面に深みを与え、青の発色を鮮明にでき、磁器のような陶器の製作を可能としました。

17世紀になると東インド会社が中国から大量の磁器をオランダに輸入し、中国磁器の優れた品質と独特の色合いや精密な絵付けが、デルフトの陶器職人にも大きな影響を与えました。

中国磁器の真似を始めましたが、製造工程を見たことはありませんから、試行錯誤し、デルフト・ブルーと呼ばれる青い模様のデルフト焼きが生み出されました。日本の伊万里焼の影響も受け、デルフト陶器はそれまでの西洋的な陶器とは異なり、また、中国磁器とも違った世界観を確立、ヨーロッパで人気を得ます。

その後、18世紀にはイギリス製磁器との競合などが原因で、多くの窯元は閉鎖しました。

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